vie riche

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TOKYO/OL/minimalism///

「決断」して、「迷い」、また「決断」するまで

オフィスビルの高層階でクロワッサンを齧りながら温かい紅茶をすする。

こんな未来、あの寒い冬の日には想像もしていなかったなあと、思わず苦笑した。

 

人生で初めての就職活動、普通は大いに迷ってから決断するのだろう。

これは「やりたいこと」ではなく「向いていること」を仕事にすることを決断し、迷い、また決断するまでの話。

 

私はやりたいことを仕事にするため、大学時代の半分以上は資格試験のために勉強していた。

勉強はつらい時もあったけれど、そのために他のことを犠牲にするのは惜しくないと思えたほど、必死で勉強していた。

 

大学3年生になった頃、好きな人が出来た。好きな人はまぶしい人だった。

たくさんの仲間に囲まれ毎日わいわいと過ごしていて、奥手で交友関係も広くなく毎日勉強を中心に生活していた私とは正反対の人だった。

将来世界を相手にして戦いたいという夢を叶えるために早くから社会人の先輩の話を聞きに行っていて、やりたいことをやりたいというふわっとした夢しかなかった私とは正反対の人だった。

 

好きな人は閉じた世界で生きている私に、就職活動という広い世界を見せてくれようとした。

私は少しでも好きな人に近づきたくて、背伸びしてその世界を覗き込もうとした。今思えば、大きな転換点だった。

 

私は好きな人が戦おうとしている世界の恐ろしさ、厳しさを知った。同時に東京のど真ん中にはとても優秀な人がたくさんいて、刺激的な世界があることを知った。

自分の考えをどう深めるか、他者とどう知力をぶつけ合うか、人生で初めてのスリルに夢中になっていた。もっと広い世界が見たくてしょうがなかった。逆に好きな人は苦しんでいった。努力が報われなくて、必死にもがいていた。点数で評価することが出来ない世界でのジャッジに落ち込んでいた。

目の前の戦いに必死になっているうちに、いつしか好きな人と距離が出来てしまっていたことは分かっていた。でも見て見ぬふりをしていた。

 

ある寒い冬の日、好きな人が突然倒れた。

私は自分を責め、ありとあらゆることを後悔して泣いた。そしてすぐに内定先の中から就職先を選び、資格試験を受けないことを決断した。

 

それからしばらくのことはよく覚えていない。好きだった人の役に立とうとしつつ、現実を受け止めることに必死になっていたと思う。

好きだった人は少しずつ元気になっていた。ただ、好きだった人のそばから離れることを決断した。

 

よく、迷いなく今の会社を選んだことに対して驚かれた。

それは違った。ひょんなきっかけで自分に「向いていること」を知ってしまい、「やりたいこと」よりも心惹かれる自分に気が付いていた。ただ「やりたいこと」に対してかけた時間もお金も我慢も大きすぎて、どちらを選べば良いのか迷ってしまった。そんな時に衝撃的な出来事が起きて、思わず乗っかってしまった。

すごく強がって迷っていないふりをしてきただけ、そして決断したふりをしただけ。

 

「やりたいこと」を仕事にしようと懸命に就職活動を続ける友人を見て、人のせいにして将来を早急に決断した自分の狡猾さに何度も後悔した。そして「向いていること」をやり続けられるのか今更迷いが生じていた。

こんなにも迷った状態で入社して良いのか、と入社式前日は涙がこぼれたことを覚えている。

 

働き続けて、1年が経った。

どんどん降ってくる新しい刺激にもがいて、迷う間もなく慌ただしく時間が過ぎていた。

 

そんなある日、OG訪問を受けていて気が付いた。自分の口から「向いていること」を少しだけ「やりたいこと」として語れるようになっていた。「向いていること」をやるうちに、いつの間にか「やりたいこと」に近づいていたのだ。 

刺激の対価は大きい。体力的にも、精神的にも。しんと静まり返った街をタクシーで帰ることもある。一人ではどうしようもない出来事に怖くなることもある。その一方で、知力も人間的にも到底及ばない人々と真剣に議論が出来ることはとてつもなく面白い。

 

「向いていること」を仕事にすると決断してから、「やりたいこと」を仕事にしなくて良いのか迷って、今も答えは出ていない。

ただ、あの寒い冬の日の決断も、入社式前日の迷いも、ずっと私の自信になっている。とりあえず決断しては迷ってみて、迷っては決断してみて、それでも十分に生きていられると分かったから。

  

今の私は、溢れるばかりの刺激に苦しみたい、喜びたい、もがきたい。生きていたい。

抱えきれない後悔とまだ知らない世界への期待をごっちゃにして、スーパーのクロワッサンと会社のウォーターサーバーで淹れた紅茶を片手に、慌ただしくも楽しく、しばらくは「向いていること」に向き合おうと決断して生きている。

 

次はいつ、迷うのかな。ちょっとだけ楽しみ。